再誕

僕は死んでしまった。いや、多分死んだのだと思う。
死んでいるのにも拘らず、こんな文章が書けるのというのは、今まで抱いていた死のイメージ…絶対的な無、というものからあまりにもかけ離れていて、実に不思議な感覚だ。
その種明かしは最後に書こうと思う。


では、僕の遺言に従って、今回、僕の身に起きた事の顛末を推測してみたいと思う。
しかし、今の情報量で事の判断を下すにはあまりにも情報量が不足している。
今後、様々な角度から僕の身に起きた事を語る機会もあるだろうけれど、今の僕の考えを整理するためにも、あえて情報量の少ない今、推測をしてみる。


1.オヤシロさまの祟りは実在するのか。
僕は実在しないと思っている。
確かに現象面だけを捉えるならば、祟りとしか言い様の無い不可思議かつ超常的な現象ばかりであるものの、全てに裏がある様に感じている。
そも、祟りと言うからには『ご利益』がセットになっていないと説得力に欠けるというのは最もな意見であると共に、実際にその『祟り』『ご利益』の設定を行なうの他ならぬ人間である以上、多分に人為的行為の介在する余地がある。


2.魅音、レナの豹変の理由は?
薬物による操作が発端だと思われる。
魅音に関しては、意図して、もしくは意図せず人格を偽装している節があることを、この後の『別の角度からの視点』の冒頭でも理解できる。
また、レナに関しては、人格の変化のきっかけこそ不明瞭なものの、何らかのスイッチバック的要素があるというのは、今回の事で理解できよう。
レナのスイッチバックの瞬間は、今回、僕も直接的に目撃している訳だが、人格が入れ替わるきっかけやその瞬間は残念ながら見ていない。
ここでキーとなるのは、レナの幼少時と、僕が時計の裏に隠し、誰かに持ち去られてしまった注射器…その中身の薬物である。


3.注射器を持ち去り、メモを改ざんしたのは誰か?
現時点で最も有力なのは大石氏だと思われる。但し、未確定。
第一発見者であるが故に、時計の裏の、僕の最後のメッセージを改ざんできる可能性が高い。最後に僕が(本当に僕であるのか、果ては僕が本当に死んでいるのか確証は取れないものの)僕の死を告げたのも彼であるし、魅音、レナを僕が殺してしまった後に、事の推移を知る唯一の人物と言う観点から、その可能性は非常に高い。
では何故、大石氏が注射器を持ち去り、メモの改ざんを行なったのか。
動機としては、不十分であるものの、多分に推測を交えた上での仮定ではあるが、大石氏は所謂『アンダーカバー』では無いかと思われる。
これは、神事としての綿流しを粛々と執り行うための、云わば監視者としての役目を負っており、その最後までを見届けるのが彼の役割である、とするものである。表向きの刑事と言う立場によって、生贄に対し信頼関係を築く一方、儀式の進行を見守り、生贄がその役目を果たすまで裏で行動する、と言うものである。
そして、彼の役割上、その正体は秘密とされとされている方が、任務を遂行しやすい。
しかし、この説には反証すべき点も残されており、例えば、わざわざこんな、手の込んだ事をしなくても、生贄の監視だけであれば、村独自の監視網だけで十分機能している点、彼自身が僕に有益であろう情報を漏洩する点などが挙げられる。
それらを良心の呵責、または薗崎との反目といった理由では完全には反反証できない点は否めない。
引き続き、考慮の必要がある。


4.僕が殺されなければならなかった動機とは?
これについては、皆目見当が付かない、というのが現状である。
例えば、村に新しい血を入れるにあたり、その審判に僕は失格したので処理された、という実利的な動機もあれば、村の神事としての生贄に設定されたのであり、それ自体が目的であり動機だったと言う動機に足らないものまで多岐に想定できる。
とにかく、現状では情報が足りなさ過ぎており、また、この点については、個人的に思うところもあり、現時点での回答は保留、有り体に言えば回答不能としたい。


以上が、現時点での僕の考えをまとめたものである。
その他、富竹氏・鷹野嬢の死因や失踪理由、僕の両親である前原夫妻の上京の理由、聡沙都嬢と聡史君の関係、古手神社と綿流し・鬼隠しの関係、自宅から電話ボックス間で僕の身に起こった事など、挙げればきりが無いのだが…今回は、ここまでとする。


そろそろ…覚醒の時間、だよなぁ?






2006年、某日。
「っぷはぁ、いやー、こりゃ凄い!」
「ふっふっふ、そうだろうそうだろう、おじさんもその一言が聞きたかった!」
「園崎のラボでこんなの開発してたなんで、知らなかったなぁ。」
「うん、あたしも知らなかった。教えてもらった時には、喜ぶより早く、こんないいもの隠してた連中をどつきまわした。」
「…ある意味、秘密にしてたのは懸命な判断だな。」
「何か言った?」
「いや別に。でも、これが実用化されたら!」
「まー、そーなんだけれどね、没入感を向上させるのに、化学的・薬物的処理が必要なんだってさ。圭ちゃんも同意書かいたでしょ?」
「うん、良く見ると『死んでもしらねーぞ』みたいな事が書いてあった。まさか、本当に殺されるとは思わなかったけれど。」
「面倒な事がいっぱいで売るに売れない、でも実用化したい。そこで一肌脱いだって訳。それに圭ちゃんにも是非、これの凄さを知ってもらいたくてね。」
「怜音にしちゃ、気の利いた事だ。」
「人生には、常に刺激が必要なのだよ。特に圭ちゃんみたいな優等生にはね。」
「でもなんで、舞台設定が昭和で、ストーリーをこんな事件に設定したの?」
「んー、まぁ、あたしのお母さんが関わっている事件だったし…とかは言い訳か。うーん、なんだろね?物心付いた時から聞いていた事だから。ライフワーク?」
「…意味が違う。でも、何となく解った。」
「でもさ、このストーリーだと、園崎のスキャンダルにならないか?」
「だから、これはあたしと圭ちゃんのひ・み・つ。」
「き、きしょい…。」
「なんだとぅ!この園崎怜音さんにそんな口叩いて生き残っているのは、貴様だけだ!前原圭二!」
「ま、まてっ。大事な実験機器を壊していいのかっ!」
「うっ…流石にそれは…あたしでも…。」
「でもほんっとうによく出来ているよな、このVR。脳みそまで中学生だった。」
「え?」
「つまりは、思考能力まで中学生レベルに限定されていた、って事。」
「ああ、なるほど…あたしもそんな感じだったな。」
「これがさっきの化学的・薬物的処理の影響?」
「多分ね。低周波によって脳を刺激するんだけれど、シナプス間なんとかってのが通らないとか何とか…つまるところ、」
「まだ危なっかしくて、世間様にお披露目できない。だから俺かぁ。」
「そーそー。人並み手頃で基本的には従順、しかしやる気だけはあるなんつー、都合のいいのが見つかんなくてさ。」
「…おれって、一体…。」
「でも変なんだよね、圭ちゃんの体験したストーリー。確か、死なずに済むように設定したんだけれどな。」
「いや、完全に死んだぞ。完膚なきまでに、これ以上無く。」
すちゃと携帯を取り出し、どこかに電話を掛ける怜音。
「ねー、これ、もう一回やっていい?今度は別の視点で。え?あ、そう。悪かったね!単純で!じゃ、借りるよ!」
「もう一回、やるの?」
「とーぜーん。見ていて面白いしね。ラボの人も『怜音さんと比べて面白いデータが収集できたから、こちらからお願いしたかった。』だってさ。当然、やるよねぇ?」
「…断ったら、末代までチキン呼ばわりするんだろ?」
「ふっ、察しが良いな。それでこそあたしが選んだ好敵手と書いて友、だよ。前原圭二君。」
「へいへい。もう何とでも。バイト代さえ出るなら。」
「じゃーいくよー!さっきのはそうだなぁ…鬼隠し篇なら、今度は綿流し篇って事にしよう。いってらっしゃー…ぐふふふふ。」
「おいちょっと待て『ぐふふ』ってなん…」


そして、僕はまた、あの昭和の時代へと戻る事になった。