押井監督祭・攻殻機動隊2.0とスカイ・クロラ観てきました

既に攻殻機動隊2.0は観てから一ヶ月ほど経ってしまっているんですが、スカイ・クロラを見た感想と一緒に。


● 確かに2.0な攻殻機動隊2.0
もうこちらはいやと言う程、メディアにも露出しているし地上波でも元の方は流れているので、ネタバレアリアリで行こうかと思います。
まず、観た感想としては、ストーリーとしての陳腐さ*1が無いのは流石と言うしかない出来栄え、なんですけれども…元のヴァージョンと得る感想が全く異なっていた、ということ。
実のところを言うと、映像としては元の方でも当時の限界ギリギリを行っていましたし、CGでリファインしたと言ってもしっくり来すぎていて逆に違和感なし*2
当時、よしつねがまだ三十路になる遥か前の時代で見た感想としては『何で少佐は死にたがっているの?』という疑問符に終始したものですが…。
今回見た感想を一言で表すと『少佐は限界を超えたかったんだなぁ。』と思えました。正直、全然印象が違っていました。
死にたがっていたのじゃなくて、自己の限界と能力に乖離があって、それをどうにかしたいけれどどうにもならないという状態だったんだなぁ、と。簡単に言うと、自分の殻と言うか、枷みたいな物を壊したかった、と。
あくまで人形使いはきっかけでしかなかったんだなぁ、と。*3


人形使いの話が出たので、少し触れてみます。
元のヴァージョンでは家弓さん*4だったんですが、2.0では榊原さん*5となっており、これがまた、かなりのインパクトでした。
何というか、家弓さんの人形使いは知性は感じるものの、プログラムと言うところに重点を置かれている感じがしたのですが、榊原さんの人形使いはもう、何と言うか『曲者』なんですよね。
原作にあった、人形使いの厭らしさが見事に表現できていて、これ2.0の見所の一つかと思います。
よしつね風にこれを表現するならば『ねちっこく、厭らしいんだけれど眼が離せない女性』というイメージ。


いずれにしてもですね、見ておいて全く損がない映画であることは間違いないです。


● 今までと違うのは一点だけ 〜スカイ・クロラの感想
まだ未見の方も多いと思うので、ストーリー部分は極力触れないようにしますが、ネタバレが嫌な人は以降は観てからの方がいい、とお勧めしておきます。
それから『映画は見終わってハッピーになるもの』という方にはあまりお勧めできない映画、かも知れません。






押井監督の映画作品は、大概においてこんな感じと言うのが僕の中にあります。

  1. 序盤に徹底して『劇中の日常』を描く
  2. 中盤から主人公が『何か』に対し変化を求める
  3. 終盤において明確となる『獲得目標』
  4. クライマックスで獲得目標を得るためのブレイクスルーを『果たす』



この手続きは映画に限らず、ストーリーテリングの基礎中の基礎ではあるんですが、監督はディティールへの拘りが徹底している分、他の監督と異質で、その情報量の多さで好みが分かれているんですよね。


しかしながら…今回はこの、ブレイクスルーが『果たせない』んですよね。これが、この映画の後味を思い切り引っ張っている要因です。
そして、今まで使ってこなかった手法です。
少なくとも、劇場版の作品はビューティフル・ドリーマー以降、その殆どが、主人公が明確な獲得目標を設定して、それを得るためのブレイクスルーを果たしている、のですが…スカイ・クロラは異なります。*6


そして、今まで押井監督を押井監督たらしめたディティールの濃さもかなり薄くなっています。今までは定番となっていた『食事中にストーリーの核心を突く会話』『本当に意味があるのかとても怪しい犬描写』等などは全て封印されているんですよね。しかし、これが逆にレシプロ機描写*7が無ければ、そしてクライマックスからラストの描写が無ければ、ジブリ作品を見ているような感覚ということで、実は映画そのものはとても観やすい作品になっています。


そして、当初言われていた『大人の恋愛』という部分は正直、あまり感じなかった気がします。寧ろ、今風の…というのが適切かどうかも解りませんが、直接的に言いたい事が言えない状況下の恋愛、という感じがしましたね。
んまぁ、なんというか、それなりのエロ描写もあるのですが。に、しても…現実足り得ない恋愛感では?と僕は感じています。何というか、女性の視点が無いのかな?それとも戦時下*8と言う事なのかな?
更に極々個人的な感想としては水素みたいな女性*9は確かにいるのだが、個人的にはとおっても興味が無いどころか、出来ればあまりお近づきになりたくないタイプの女性なんですよね。
一応、デートムービーには不向き、と言っておきます。


キャストについてもちょっとだけ触れておきましょうか。
個人的に一番だったのは、言うまでもなく榊原さん、なんですが、三ツ矢を演じた栗山千明がよしつね的には好印象ですね。
全体的に違和感が少ない…というのは、よしつねが物語のキーワードである『キルドレ』という設定を前もって知っているからであり、正直なところ『著名人やら素人を使って演出とする手法』は寧ろ、きっちり芝居をしている人に失礼なんじゃないか? と思っています。そういう意味では、今回は設定勝ちという気もしないではない、ですが。
しかし、それを差し置いても豪華なキャストには変わりありません。周りをがっちり固める脇役に大物を添えるのは、もったいない気がしますがよく出来ています。


さて。まとめますか。
よしつね的には、押井監督の新たな境地、大人のもの作りを見た感じがして新鮮かつ嬉しい反面、やっぱり『押井好きじゃない人間にも観て貰える作品』というのは、一抹の寂しさを感じてしまう部分もあります。*10
しかし、原作自体が非常に優れた作品であり、かつ、スカイウォーカーサウンドに浸りながら見る空戦とパイロットの日常、そしてその空戦のディティールの細かさと言ったら、そりゃあもう見なきゃ損、というものです。


最後の最後に。
この映画を観る上で二つほど。
一つ、エンディングロールの後も座っているといいよ。
二つ、『大人の貴方』はこの映画で希望を見つけてください。






補記:
レシプロ機のマニューバについて、もう少し語る必要があるかな、と思いました。
まずですね、僕が出来る出来ると言っている機動、マニューバですが、これはあくまでアクロ用の機体の事であって、武装や装甲アリアリ、更には機体強度を確保しなければならない戦闘機では、人間業ではなくなってしまいます。つか、かなり無理がある。
また、注脚でありますが、推力比が1以上というのは『自重より推力が勝っている』という状態であり、そんなとんでもないパワーを振り回せる人間は全身サイボーグ化していても機体制御のフィードバックが追いつく筈が無いんじゃ? と思っています。
フライバイワイヤー、つまり、電子的な手段でひじょーに緻密な制御を行わないといけない訳でして、故にコブラとかフックとかはでっかくて双発で推力偏向が出来るエンジンがついている機体ぐらいしかまともに出来ないんですよね。*11
さらに、正直な人の為に言うと…プッシャーだからというより、空力デザイン的に、あの機動は…やっぱり…ちょっと…そもそも、ティーチャーの機体だって…いや、かなり無理が…。


しかし、十分な推力比があると、こういう事も出来るという参考をこちらに。



無論、これは人間が乗っていないRCだから出来るスタントも多々あります。


…とまぁ、現実の空を飛ぶためには、夢やロマンじゃなくて徹底した空力デザインと機体制御技術が必要なんですが…だからこそ、マクロスやらスカイ・クロラが面白いんですよね。





*1:この手のサイバーパンクを語る上で、絶対に読んでおいて欲しいのが『ニューロマンサー』です。これを読まずして攻殻を語るのは片手落ちな気がしますよ。出来れば『運び屋ジョニー』と映画『JM』も。最低限の知識として持っていた方がいいものです

*2:実は、そういう意味ではガコガコな印象を受ける新訳Zこと劇場版Zガンダムの方がインパクトがあった。あくまでインパクトだけ、なんですけれど

*3:でも、正直なところを言ってしまうと、これはちょっと軟弱なヲタ好みというか『天から降ってきた幸運』という意味合いもあるので、個人的にはあんまり好きじゃないんですよね。この表現との対比は、スカイ・クロラの感想の部分をどうぞ。だってさ、本文中ではきっかけと書いた人形使いというファクターが、あまりに都合よく出てくるというのは、ねぇ。いや、これは映画の話だからいいんだけれども、現実には自分で現実に折り合いをつけるか、現実に対抗するための手段を手にする…つまり金…とか。そういう方向になる。現実には自分を変える方が多く、他人に『変えてもらえる』ことは『まず、ありえない』

*4:未来少年コナンのインダストリアのレプカ風の谷のナウシカのトルメキアのクシャナ殿下付きの副官、クロトワなど。個人的には洋ドラの超音速攻撃ヘリ・エアーウルフのCIA長官アークエンジェルです

*5:機動戦士Zガンダムハマーン・カーン逆襲のシャアナナイ・ミゲル攻殻機動隊2ndGIGの茅葺首相、報道ステーションのナレーションとか。今回の演技はラジオドラマ『パラサイト・イヴ』に近い。そういえば、風の谷のナウシカではクシャナでしたねぇ

*6:どう異なるかは、スカイ・クロラの核心なので触れません

*7:『空中戦は力を入れました』と言われていた通り、音響から空戦まで物凄くディティールが細かい。しかも『ちょっと昔の空戦』という雰囲気だけれど、見せ場はちゃんと作ってあるところがまた凄い。いや、でもね? 今現在のアクロバット飛行というのは凄まじくて、子供が飛行機のおもちゃをでたらめにぶんぶん振り回すような機動が平気で出来るんですよ。それこそ、低速域の機動だったら、戦闘機がどんなに頑張っても無理すぎるマニューバが現在のレシプロ機は可能なんですよね…と、書いてみたものの、それはあくまで現代の機体制御技術があればこそ、であって、推力比が1以上と言うとんでもない機械を相手にそんなことが出来るのは斑鳩悟…でも無理な気がします。そう、映画の冒頭でティーチャーがかましたフック混じりのコブラ、アレは…。ああ、僕も願わくばそんな(ネタバレ防止措置)になりたかった…!

*8:現実にはPMCの様な組織が代理戦争をしている、という感覚の世界なので、戦時下という表現はあまり適切ではない

*9:碇シンジの鬱屈さ加減に加え、カミーユ・ビダンばりの凶状持ちな女性。実際に女性でこういうタイプはいるんだが…僕には、ちょっと…いや、かなり厳しい

*10:逆にそういうのは、立喰師やら実写、書籍で満たせばいいという話でもある。ファン心理というのは厄介だね

*11:推力比が十分であれば、真似だけは出来るんだけれど、制御不能なのは前述の通り