旋光の輪舞 Rev.X xbox360 Rev.Z

というわけで、東京から比較的のんびりクルージングで一時間ほど走る。


…しっかしなんだ…たった一時間ほど走っただけなのに、このばかでかい家は、なんと言うか…資本の集中とか、富と権力とか、どーでも良い事ばかりが浮かんじゃ消えるを繰り返す。
お寺というか、江戸時代というか、そんな門構えをぐるっと回るように車を走らせると、彼女が立っていた。気を利かせてくれた模様。


「どうも、遅くなりました。」
「遅刻! まぁ、私もちょっと早く待っていたけれど。」
「ありがとう。じゃ、早速ゲームを運んじゃいましょう。」
「その前に、車を止めてね。案内するから乗せて。」
「了解です。じゃ、あ…後ろ、今開けますね。」


ちっ、何たる様。
xbox360のお陰で、ナビに座らせられないじゃないか。


「しっかし何というか…とんでもないお嬢様、だったんだ?」
「都内からこんなに外れているし、昔から住んでいるだけで、お金持ちとかは全然。この家も売るって話が出ているくらい。」
「ふぅん。税金?」
「そ。父さんはサラリーマン。あ、そこから入って。」


確かに、ちょっともてあまし気味のようだ。
駅からは、そう離れてはいないけれど、それでも自転車じゃないとやや厳しい距離。
そして、駐車場…というより、単なる空き地にしか見えないところに車を止める。一応、門構えの中だけれど、塀に近いところは雑草が生え放題になっている。
「じゃ、ちょっと歩くけれど。」
「コントローラだけ持ってくれる?」


馬鹿でかい玄関(3畳はあるんじゃないか!?)を抜けると、中庭こそ無かったものの、いわゆる『田舎の家』という感じで、ちょっと薄暗いけれど、凛とした空気が漂っている。
こういう雰囲気は大好きだ。


…で、彼女の部屋はというと、彼女が中学の頃に建て増ししたらしく、普通の…でも、畳敷きの部屋に通された。大きさにして8畳くらい。小さい頃は友人とたまり場にされていたらしい。そりゃそうだ。こんだけ広ければ。
「冷たいものでも。とりあえず休んでいていいよ。」
「テレビにつないじゃっていいですよね。」
「ん。お願い。」


あんまりまじまじと見るのも失礼かと思ったけれど、童貞歴が長い性分が出てしまい、どうしても見回してしまう。部屋は明るいトーンで、フリルの付いたカーテンのかかるでかい窓。それに机とAVラック、クローゼットが二つ。
流石にクローゼットを覗くほど不躾ではないけれど…机には、画材と思しきもの、Gペンやらカラスグチ、カスよけの羽などが並んでいた。中央には透過台…って、マンガでも描いている…? いや、本当はある答えに行き着いているけれど、農が拒否している…。
AVセットは25インチのテレビに、オンキョーを中心にシンプルだけれど高品質って組み合わせ。渋い。女性の趣味にしては…。


「はぁい♪ また勝ちィ〜!」
「ぐぅっ…ちょっと手を…」
実は抜いていない。かなりマジ、本気も本気、本気と書いてマジと呼ぶほどのどマジで遊んでいる。しかも、キャラ性能関係無しにだ。


「対戦シューティングって言っても、基本は敵を狙って撃ちます。」
「それだけ?」
「それだけ。でも難しい。とりあえず、基本を教えるから、後は遊びながら覚えましょう。まずは、スタートボタン…そうそれ。それを押して…うん、それを選ぶ。」
レーニングモードにすると、でくを相手にスパーリング。
「武器はね、ある程度的に勝手に敵に向かってくれるのと、自分で敵の方に向いて狙わなきゃいけないのと二種類あるんだ。」
「これと…これね。」
「上手い上手い。」
「あんまり変わっていないなぁ…これなら。」
「ん?」
「他には? どーするの?」
「攻撃を当てると、このゲージが増える。このゲージが増えたら、左のトリガー…そう、これで一発逆転が狙える。攻撃はやっぱり、勝手に敵に向かうものと、自分で当てなきゃならないものがある。」
「画面中の弾…避ける方法は?」
「よく見ていると、隙間がある。それから、どうしてもかわせない時は、その左のトリガーでバリヤーが張れる。」
「ふむふむ。」
「もうひとつだけ。普通に動いている時もバリヤーが張れる。そう、そのボタン。後ね、そう、そのボタンがダッシュ。加速する事が出来る。でも加速が終わった後にちょっとだけ動けなくなる瞬間があるから気をつけて。」
「こんな感じ?」
「そうそう! 上手い! あとは遊びながら覚えよう。」
「ふふん、負けないよ。」


最初のうちは、確かにちょっと手を抜いて、いい感じに負けてやっていた。いや確かに。
オーバードライブやコマンド技を教えると、すっかり一人前、もうどこへ出しても恥ずかしくないシューターに成長していた。おかしい。早い。早すぎる。


最近のゲーム…特に格闘ゲームで遊ぶ場合、このコマンド技が最大の障害となる。
コンピュータを扱えない人に、ダブルクリックが出来ない、また、キーボードが打てないのと同様に『タイミングよくボタンを押す』ことが出来なかったり、『レバーを順に倒す』ことが出来ないものなのだ。
ゲームに慣れていれば、比較的容易にコマンド技も出せる。また、レバーをぐるぐると回していれば、スト2の波動拳くらいは出るかもしれない。でも、たとえコマンドが簡単なセンコロと言えども『的確なタイミングで技を繰り出す』のは、慣れ以上に練習が必要なのだ。


「いやっ、はっ、うん、上手い、とても上手い。流石に疲れた。ちょっと一休みね。」
「一人で遊んでいていい? 面白いねこのゲーム♪」
「ええ、はい、どうぞどうぞ。そう、そのストーリーっての選べば。」


はぁっ…僕はいったい、何をしているんだ。
朝っぱらから車をぶっ飛ばして、ろくすっぽデートもせずに、女の子に得意のゲームでコテンパンにされて、麦茶をすすって一人で拗ねていやがる。
…あ…あ、阿呆か。
女の子と二人っきりですることか。
…二人っきり。


「…え!? な、何…?」
無音匍匐前進の後、彼女の背中ごしに、360のポーズボタンを押す。
そして、彼女を見つめる。
何となく、彼女も理解できている…というより、寧ろ、彼女の方が…。僕はこの、無言の会話が大好きだ。自分を受け入れてくれる人がかけてくれる、あのまなざしが。
そのまま後ろから、彼女にもたれかかるように抱きしめる。
すると、彼女がお尻をもぞもぞとさせるようにして、僕のほうに向き直る。僕は軽く、彼女のあごに指を触れると、彼女はそっと目を閉じた…。


僕はそのまま、彼女の背に手を回し、ゆっくりと横になる。この、何とも言葉にしにくい表情、瞬間が僕は大好きだ。
そして、僕は見てはいけないものを見た。
クローゼットから、にょろりと伸びる…見覚えのあるUSBケーブル…。


「…あれ、360の…?」
「ん…なぁにぃ…、あ。」
引っ張らなくていいものを引っ張り出し、僕は後悔した。USBケーブルの先には、360のコントローラがぶら下がっている。
「あっ…もうばれちゃったか。気付いていたよね、うすうす。」
「じゃあしょうがない、おねーさんの秘密を教えてあげよう。」
「最初は同人書いていて、キャラからはまったんだけれど、たまたまセンスが良くって、上手くなったら一緒に遊べるリアフレはいない、かといって、ゲーセンで辻斬りしていると『女の癖に』とか陰口叩かれて鬱…そんなところ?」
「うん、だから…」










話は六月まで遡る。


「駄目。全然駄目。それなりに凝ってるけれど。ありえない。」
「これからブラッシュアップするって。プロットはこれでいいでしょ?」
「だからさぁ、解ってねーよな?馬鹿。今回のテーマは『リアリティ』! 本物っぽい『嘘』! 自慢のズリネタ聞きたいんじゃねーんだよ!」
「あのさぁ…もうちょっと、言葉選んでよ。」
「本当の事だ! あたしゃ本には妥協しない。やり直せ!」
くっそう。だから、ヲタ女は嫌いなんだ。
「大体これ、あたしをネタに書いただろう。そんな気もねー癖にこんなん書くなよ。」
「いや、それはちょっと、誤解なんだけれど。」
「っはぁっ? キモイ、死んでいいよ。」
電話越しに伝わってくる、すさまじいプレッシャー。


そもそも、彼女は、僕の中学からの知り合いで、僕が群馬に行ったりSEを初めてしばらくは疎遠だったものの、数年前から売れない同人誌の穴埋めのショートを書いている。
中学の時は星矢や翼だったのが、PSが流行った頃にゲームを一通り慣らしたらしく、少し前まではゲーセンでも慣らしていたらしいが、プロットで書いた通り、同じくヲタ野郎共の謂れの無い中傷に辟易していたらしい。
でも、ゲームを止めないってのは…恐るべきヲタ小宇宙、ヲタセブンセンシズの持ち主と言えよう。


「あのさぁ、今回、原稿料要らないから、ひとつ頼みを聞いてくれないかな。」
「これで金なんかだせね。とっとと次のプロットを出せ。」
「会社でね、隅田川の花火が見られるんだけれど…来てくれない?」
「原稿があがったら考える。」
「絶対上げるから。予約が必要なんだよ。息抜きぐらいしようよ。」
「原稿の後な。」
「じゃあ、二人分予約入れておくから。普通の立食パーティ形式なんで、服もなんも気にする必要ないから。」
「誰が行くっつったんだよ。」
「原稿は必ず、納得の行くものを出す。だから来てよ。いいじゃん原稿上がったら暇なんだし。」
数十秒の沈黙。
「解った。」






そして17時30分。
錦糸町のヨドバシ前に、水色のワンピース…やっぱりこの時期、肩が露出してるのは、かなり嬉しいものがある。スタイル『だけ』は抜群だから、見ている分には良い。
「ちょっと遅れた、悪い。」
「気にしなくていいよ。無理に誘ったんだから。」
「解っているなら、この後ももてなせ。これでも精一杯頑張ったんだ。」
確かにその通り…化粧までしている。何だかんだ言っても、嬉しい。
「んー…じゃ、不二家レストランは?」
「何でも頼むぞ。」
「好きにどうぞ。」


実際、花火自体はかなりどーでも良かった。
直線距離で障害物無しとはいえ、打ち上げ場所から5kmも離れていると、音も光もTV中継の方がよっぽど迫力がある。が、低倍率とは言えオペラグラスを持ってきていると、これで結構見えるようになる。
パーティの料理は味はそこそこだけれど、大した物が並んでない。飲み物も、この後を考えるとあんまりお酒を入れるわけにもいかなかったから、それなりだった。
…が、しかし。
僕が同僚や上司に挨拶をする度に冷やかされ、笑顔を顔を引きつらせている彼女を見るのはとても愉快だった。


「全く、ひでぇ目にあった。早く甘いものよこせ。」
「いやいや、本当にありがとう。もっと無口かと思ってたけれど。」
「馬鹿が。お前の会社での立場もちゃんと考えてんだよ。」
「へぇ。そうなんだ。」
「なめるな。これでもちゃんとOLしてんだよ。」
「でも受けたなー『彼女?』『よ、良く解りません。』は。」
「っせーんだよ! 早く不二家行け。」


不二家レストランは週末と言う事もあり、結構混んでいたけれども、ラストオーダー15分前に何とか滑り込み、僕は焼きプリンの、彼女はメロンのパフェを注文。
メロンのパフェが出されると、ベリーメロンのテーマをフンフンしながら食った後、今回の原稿のアラを指摘される。
全く。大して売れてない、今時流行らないイラストと文章の同人なのに。
でも、これだけ叩いてくれるんだから、ありがたい。事実、クオリティはプロの小銭稼ぎに比べると、非常に高いと言える。
閉店まできっちり居座り、不二家レストランを後にして、彼女を駅まで見送る。


切符を買って、改札を通る前の彼女に、一言。
「…あのさ、また、誘ってもいい?」
彼女はまじまじと僕を見詰めると、ふっと微笑んでこう返した。
「君はさ、何を焦っている? それは私じゃなくてもいいんでしょ?」
「え、あ? 違うよ。じゃなかったらわざわざ」
「解った、ストップ。ちょっと待て。考えておく。」
「じゃあ!」
「うん、誘ってくれたら遊びには行く。真剣に考える。」
「ぃよっしゃあ!」
「…あのさ、あたしがこういうのもなんだけれど、本当、焦りすぎ。」
「でもさ、」
「ちょっと聞け。あたしらもうこの歳なんだから、解るだろ? 寂しくったって何とかするし。」
「…まぁ、そうだけれど。」
「もう少し、落ち着いて考えよう。あたしらはもう大人だ。」
「…そうだね。」
「楽しかったよ、本当に。こういうのは久しぶりだったから。」


なんつーか…試合に勝って勝負に負けたと言うか。
君を知ったその日から僕の地獄に音楽は絶えないというか。


それでも、当面、寂しさを紛らわせる事は出来そうな気がする。