まだ見ぬ冬の悲しみも 山本弘 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

久しぶりの書評ですね。かれこれ半年以上ぶり…かな?
最近は、薦めるに値しない本やら原作付きのライトノベルばっかり、というのもあります。かと言ってエンダーのゲームを進めるのもどうかと。


さて。前置きはこの辺にして。
最近はライトノベルから、ちょっと大人向けとかハードカバー…というより、SFに特化した感がある山本弘です。と学会は健在なのかな。


もともと、山本弘グループSNEなどでゲームのノベライズ…というより、そこそこのゲームに対して、物凄い膨らみを持たせてくれる、良いノベライズ*1をするのですが、今回は…というより、ここ暫くはずっと書き下ろしをしている*2ようです。


ライトノベル出身だけあって、扱うネタが親しみ深いのが彼の小説の良い所だと思います。
今回もオムニバスなのですが…のっけから『奥歯のスイッチを入れろ』。
勘の良い人は解るでしょうが、元ネタはサイボーグ009*3です。
スーパーソニックソルジャー、というまんまの名前ですが、音速で動くことが出来るサイボーグの話。
…と、書くと、何かこう、派手でマッチョなアクション、を想像されるでしょう?
ところが。


そこは「と学会」の山本弘サイボーグ009が近未来に作られて、実際に動くとしたらどうなる?』という描写を徹底的にSF的切り口で楽しませてくれます。
例えば、実際には空気抵抗で300km/h程度しか出ないとか、腕だけならば音速近くまで加速できるとか、生身の体は完全に捨てなければならないとか、加速時には感覚処理が追いつかないので、通常の400倍に思考を加速する*4とか…とにかく、理に適ったサイボーグ009の活躍が読みたい、という方にはお勧め。
加速時のサイボーグは、力が強すぎて通常の走り方では上手く走れないので、実際はどうやって走るか…っとと、これは読んでから。


他にも、生きている宇宙船と異文明の話、現代物理学の考え方によるタイムマシンとタイムパラドックスの話など、ラノベ出身者ならずとも、普通に楽しめる話が満載です。


「神は沈黙せず」に比べると、容易に読めます。ネタも濃すぎないし。
まぁでも…何というか、物語の中で、ちょっと青臭い事を書くのが、山本弘に対して、僕が苦手なところでもあり、隠し味でもあったりします。
件の「奥歯の…」も、徹底したSF描写*5とは裏腹に、サイボーグが自分の正義について語る部分、これを書きたかったんだろうなと僕は思っています。
そして、それは僕の考え方に少し似ています。


Jコレは1,700円と、かなりお高い本ではあるのですが、そもそもSFに興味が無いとか、SFってのは、艦隊戦から白兵戦までレーザーの撃ち合いでしょう? と思われている方に是非。
SFでも、嫉妬や怒り・悲しみといった感情、思想や文化、そして愛を語ることが出来る、と、思えてきますよ。

*1:僕としては、彼の作品と初めて出会ったのがサイバーナイトです。これの「ドキュメント・戦士たちの肖像」は単なる設定解説を超えた面白さがあります。しかし、サイバーナイト2はゲームと同じ絵師を使っているのですが、何であんなので…正直、EATMANの吉富の方が512倍は上手くて、しかもしっくり来ていると思いました。2は地球帝国、VVシステム、MICAのウロボロスが輪が完結、ととっても良い内容なだけに、あの挿絵は本当に残念

*2:時の果てのフェブラリーの続編、早く読みたいです…

*3:僕としては、神と敵対するというもっぱらの噂だった「天使編」が見てみたいです。平成になってリメイクされたサイボーグ009の終了後に、故・石ノ森氏のアイディアをまとめた導入部を流したのですが…パワーアップしたサイボーグたちの戦い、是非見てみたかったです。ちなみによしつね、昭和のサイボーグ009のネオ・ブラックゴーストの三人の総帥がいまだに怖いです

*4:この辺の細かい描写自体が、この章の楽しみです。他にも多数、みんなが疑問に思っていた、加速時のアレやコレやらが書かれているのでお楽しみに

*5:と、言っても適当なところは適当です。装甲は単にアモルファス合金、としていたり。でも、この物語で書きたい事は、まず間違い無く、最後の数行である、と僕は思っています