神林長平 永久帰還装置 ソノラマ文庫

えー、この本はラブロマンスです。しかも「完璧な涙」の様に若い時の恋愛というものじゃなく、三十路…それも後半かなぁ?という、大人の恋愛。
神林長平の本、僕の読み方は大まかに分けて二通りあります。
一気に引き込まれて、読み終わるまで他の本に手が付かない場合。これは「敵は海賊」「戦闘妖精雪風」「言壺」等がそうです。比較的解り易く理屈が理屈として機能している作品です。「時間蝕」「ライトジーンの遺産」「狐と踊れ」もこの辺。
逆に読むこと事態が大変なのが「言葉使い師」「魂の駆動体」といった、切り口が非常に斬新もしくは読み手に世界観を構築させる作品です。特に魂の駆動体は第二部の有翼人が出てくるあたりで完全に読むのを一度やめました。今回のチョイス「永久帰還装置」もそんな作品です。
永久帰還装置は、主人公であるフランク・カー/小鴨蓮角がいきなり世界を構築します。その世界の構築作業は読み手の方にも強要されるのです。世界を構築するフランク・カーの言動は殆ど支離滅裂で作品中何度も出てくるフレーズ通り「分裂症」そのものです。僕はここについて行けず、一度読むのを止めました。
そして、改めて、何度か読み返すうちにフランク・カーの伝えようとしていることは読み手に与える情報であると共に、作品内のキャラクターに与える情報とリンクしており、その手がかり/推論/(希望も含む)観測を重ねるうちに、変わらず遍在するものがあります。ヒロインのケイ・ミンに引かれていくフランク・カーの姿です。
そこからはもう、あっという間でした。その理屈さえ踏まえたならば、読み解くのはそれほど難しくなく、主人公達の目的も明確に、文体も解り易くなります。
これは多分、神林長平の苦悩を、つまりは「ラブロマンスを書く難しさ」をそのまま表しているのでは? と邪推してみました。
今まで読んできた神林作品でも、これはかなりの異色になるんじゃないかと思います。火星という神林作品のキーワードがあるだけに、この話の立て方についていくのは「既存作品を読んでいる読者こそ」難しく感じるかもしれませんが、変わった神林作品を読みたい方にはお勧めします。
あ、神林長平ビギナーは「時間蝕」「言壺」あたりからどうぞ。